2009年10月22日木曜日

悲しい出来事(交通事故)


 道路脇にこういう花束を時々見掛ける事がある。どなたか交通事故で亡くなられたに違いない。悲しい出来事だ。
 何時だったか大通りの交差点で、帰宅途中の女子高生が左折してきたダンプカーに自転車ごと巻き込まれて亡くなられた事があって、新聞で知った。その後にそこを車で通りかかった時、交差点の角に花束が立てられていた。「ここの所で…」とご冥福を心の中で思った。
 またある時は、雑貨店向かいの塀の傍に花束が添えられていたので、まさかこんな所でと伺った所、孫を自転車の荷台に乗せたまま買い物をしていて、その自転車が何かの拍子に倒れ、そこに運悪く車が来て轢かれてしまったのだという。誠に痛ましい事故で言葉もなかったが、どうして荷台に乗せたままにしたのか、どうしてスピードを落として通過出来なかったのか、それぞれに自身を責めた辛さにもまたやり切れない思いがした。
 そしてこの事も忘れられずに心に残っているのだが、ある時良く通る道路の道端に花束が立てられていた。それは通る度にかなり長い年月続いていた様な印象だった。その事がいかに悲しい事であろうと、ある時点で区切りを付けて現実に立ち向かって行かなければならないと思うのだが、その辺が難しいのかそれとも立ち直って生活しているのか分からないけど、どうなんだろうとその花束の傍を通り過ぎる度に思った。
 それから大分してから花束は見られなくなった。その事も忘れていた。そんなある日、花束のあった近くに「ひこうき雲」という店がオープンした。すぐに思い浮かんだのはユーミンの歌詞だった。あそこで亡くなったのは幼い子供だったに違いないと思った。
 事故に遭った幼い子供、長く続いた花束、ひこうき雲の店、それらが頭の中でしっかり結び付いて忘れられなくなってしまった。