2010年4月13日火曜日

廃墟の美しさ(軍艦島から思うこと)


 廃墟ブームだという。長崎県の軍艦島(端島)は、最近良くテレビ等で取り上げられて広く知られるようになり、島へ上陸できるような観光客のための施設も造られたりして、この1年で訪れた観光客は7万人に上るという。
 地元への経済波及効果は14~15億円にもなるとの計算もある。

  この島は南北が約480メートル、東西は約160メートルの小さな島で、海底石炭の採掘のため、石炭産業が盛んな頃の1960年には5262人が住んでいたという。

 それだけの人が住む訳だから、高層のアパートがびっしりと建ち並び、そこには小中学校や様々な商店の他、病院や映画館、寺院やパチンコ店もあったという。しかし炭鉱は1974年に閉山となり、2000人いた島の人々もそこを去った。
 この他にも最近では、炭鉱、精錬所、鉄道、水力発電所などの使われなくなった跡が若い人を中心に観光ブームになっているという。

 僕も以前に信州のリゾートホテルで夏場に働いていた時、休憩時間になると近くの廃墟になったホテルをしばしば見に行った事があった。
 その場所に立つと、「夏草や つわものどもが 夢のあと」という気持ちになれたのだった。割れたガラス窓、壊れたものが散乱したロビー、雨水が浸み込んだりして染みになったり、色褪せて破れたジュータン。

 恐らくかつては多くの宿泊客で賑わっていただろうそのロビー、忙しく客の応対に追われていただろうホテル従業員達が、まるで陽炎のように思い描かれて、何とも言えない気分になるのであった。生き生きと働いていた人々と楽しくバカンスを過ごしていた人々が目に浮かぶと同時に、現実の廃墟が対比的に映し出された。

 歴史の中の栄枯盛衰、奢れる平家久しからずや、万物流転、行く川の流れ絶えずして、行き交う人もまた旅人なり、詰まりそういうもの、大きく言えば歴史、歴史は常に流れている、といったものを感じるのである。

 それも一つの歴史教育の一環であると思う。何もボロボロになった建物や芸術品や他の文化財を綺麗に修復して最初に作られた姿を復元する様にしたものが、歴史文化遺産とばかりは言えない。
 歴史遺産はそれを見て歴史を感じられなければならない。真新しく修復して、昨日作った物の様にしても、何んの感動も感情さへも湧かない事もある。

 店でも会社でも上手く行っている時には、その理由が何かは良く分かったりし難い事が多い。逆に上手く行かなくなって、倒産する様な事を経験すると、色んな事が見えて来たりして、多くを学ぶ事が出来る。だから借金は残るかも知れないが実力を付けるには良いチャンスだとも思える。
 そういう僕自身も失敗から多くを学んで来た様に思う。だから恐らく世間の失敗を経験しない成功者よりも、その実力は数段上と勝手に自負している。それを他人が「バカが何を言うか」と負け惜しみとか負け犬の遠吠えとか見るのだが、それでもその中の誰かが認めてくれなければ、僕はこのまま歴史上から消えてしまい、自分の本にしろ、このブログにしろ自分の望む後世の誰かさんに伝えられる事が出来ないことになる。

 もしかしてバラバラになって廃墟の様になって残る事もあるかも知れない。そんな廃墟の様になった姿を見る事があったら、元の姿をちょっとでも想像してもらえるとありがたいな。