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2011年1月20日木曜日

高層マンションの火災がもたらすもの

 


 昨年末から年が明けてからも、火災のニュースがない時はないくらい頻発している。

 中でも高齢者世帯の火災の割合が高い。

 やはり高齢者の火の取り扱いには十分な注意が必要となる。

 また離れた一軒家であれば、類焼はないものの、住宅密集地であったり、マンションのような共同住宅であれば、他の住宅も何らかの被害を受ける可能性が高くなる。

 もし高層マンションんが火災になったら、どうやって鎮火させるのかを知っておく事も必要であろうと思われる。

 火災時にはしご車がやって来ても、場合によっては場所が狭くて、十分な消火態勢が取れない場合もあると言う。

 また、はしご車からの放水でも火災元に届かない事もある。

 その場合は、マンションの内部を通っている送水管に水を送り込み、それに圧力を掛けてポンプアップして上の階まであげて、消防士がホースを担いでその階まで行き、そこで送水管にホースを繋ぎ、消火にあたるのだと言う。

 そして、マンション自体にも火災を防ぐような造り方がされていて、スプリンクラーが設置されていたり、隣へ火が移らないような壁の構造になっていたり、炎が上の階に行かないよう配管を場所によって耐熱にしたり、ベランダからも移らないように上の階の窓などの位置にも規定があると言う。

 しかしながら、火災自体は最小限に抑える事が出来たとしても、安心する事は出来ないのである。

 それはと言うと、「水損」があるからだ。

 火事になれば、当然消火があり、放水される事になる。

 その水は、上の階から除々に下へと、丁度ピラミッド型のようになってコンクリートを浸透し、何十時間掛けて一階にまで到達し、ポタポタと水が垂れて来るのだと言う。

 だから決して火災現場の部屋と離れているからと安心は出来ないみたいだ。


 

2010年4月9日金曜日

相次ぐ天窓事故から見えて来るもの(学校はどうなっているのか)


 学校の屋上に写真の様な半球形状の天窓があり、そこに走って来た子供が足を乗せて踏み抜いてしまって、下まで落下して亡くなる事故が以前にあった。この場所でも、白く光っている丸くなったプラスティック部分に子供が乗ったりしているので、もしやと思って調べてみた所、天窓にはなっていなかった。

 今朝も、テレビで学校の校舎の屋上にある天窓から生徒が落ちたと流れていたニュースをチラッと見たが、一体学校の教師達は何をやっているのかと思ってしまう。
 学校の屋上に写真の様な形をした天窓がある校舎があって、それが全国にどの位の数があるのか知らないが、それは太陽の光を採り込むためにあって、材質はプラスティックで出来ている場合が多い様である。
 
 プラスティックは数十年前はコンクリートと同様に半永久的と考えられていたが、今日ではプラスティックのスキー靴の部品が壊れた事故とかで、プラスティックは劣化する事が一般的に知られるようになったし 、日常でもプラスティックの洗濯バサミは、時期が来ればほとんどが同時期くらいにボロボロに壊れ出す事は皆が経験している様に思う。

 だからプラスティックで作られた天窓は古くなれば劣化し、壊れやすくなる事はそれを作った業者も知っているし、教師も知っていなければならない事であろう。もし仮に知らなかったにせよ、屋上へ何らかの理由で生徒をあげた時に、屋上の柵とか天窓の危険性とか頭に思い描き、それへ注意を払う様にといった事前説明を十分にし、なおかつそこに乗ると壊れて下に落ちる危険性があると、注意書きをしたり、柵を巡らせる事が必要である。

 にも拘らず事故が相次ぐという事は、予測できるものを予測する知識も能力もない教師が結構いるという事か。さらには情報さえもまともに伝わらない教育の世界だという事なのだろうか。これは事故を起こした管理者一人の問題というよりも、教育界全体の問題として捉えるべきだと思われる。
 政治家のカネや国家予算や税の使い方とかはマスコミで良く報道されるので、その実態が国民に知らされる面が多い様に思うが、学校の中の様子はほとんど一部分しか放送や報道をされた事がないので、中々国民にその実態が分からないというのが実状だと言えよう。
 
 以前は、川でも池でも何でも柵をするみたいなのが一時あったが、危険な事には一切近づくなとか、リスクを一切取るなとかいった事ではなく、こうした場合にこういう危険やリスクがあると教えるのが年上の者や親や教師だと思うが、その能力さえも失われてしまったのであろうか。由々しき事態の一端を垣間見る思いがする。
 この国の制度疲労はハッキリ言ってどこから手を付けて良いのか分からない程酷い状態の様に思える時もしばしばある。
 ところがその対策は徹底されてはいないというか、どこにも手が付けられていないといった様相なのである。

2009年12月20日日曜日

暖冬予報の日本列島へ突然の寒波

 衣料品店へ行っても、「今年は暖冬ですから」と言っていたけど、18日に突然寒波がやって来て、日本海側を中心に九州の大分県まで雪が降って、そこの5つあるスキー場がオープンしたという。
 新潟県で最もスキー場の多い湯沢町でもこの雪で、「暖冬かと思っていたが、タイミング良く寒波が来てくれた」と地元の人だったかが言っていた。

 関東でも一番の寒さだったようで、外に出して置いた洗濯物も朝になってパリパリになっていた。

 そんな中で、元F1レーサーの片山右京さんら3人が富士山の8~9合目で遭難し、2人の方が亡くなられた。17日夜半から突然に強い寒気と強風に見舞われ、二人用の大きめのテントが風の抵抗に耐えきれずに飛ばされ、一人用のテントにいた片山さんがそれに気が付いて、一緒に飛ばされた2人を探し出して助けようとしたものの、ご両人ともに息を引き取ったという。
 その内のお一方は、泣かれてから亡くなったという。無念の気持ちが痛いほど伝わって来て、やり切れない思いがした。

 確か天気予報では、私の記憶では風吹くような事は言っていたと思ったが、こんな寒波が突然やって来るといった予報はしてなかったと思う。

 天気もスーパーコンピューターで予報するらしいが、明日の気温とかは割と当たるので結構凄いなと思って参考にするけど、その他は今一な場合が多いように感じる。

 日本列島への突然の寒気の南下は予想が難しいのかも知れないが、結局最後は人間の読みに尽きると思う。コンピューターは所詮計算する機械でしかない。その中にデーターを入れる、どんなデーターを入れるかを決めるのは人間で、データーの入れ方を間違えればいかに優秀なコンピューターでも誤った答えを出してしまう。




 見ている限りは美しくて穏やかな山だが、一端登るとなると自然が牙をむく。

2009年12月8日火曜日

踏切事故と安全対策について(秩父鉄道の例で考える)

 

■ 事故の状況

 6日の1時30分に投稿したブログ記事に、志賀直哉の短編小説「正義派」の概要として、五つくらいの子供が路面電車によって轢死したという内容を載せた丁度その頃、埼玉県北部を走る秩父鉄道の、行田市駅と東行田駅間の警報機と遮断機がなくて、車の通れない踏切近くの線路上で遊んでいた4歳の男の子が、行田市駅方面から来た3両編成の電車に轢かれて亡くなった。

 ニュース報道によると、電車が好きだった男の子は、日曜日で両親が昼食の準備をしている隙を縫って、一人で100メートル程離れた線路まで行き、事故に遭遇してしまったという。
 運転手は事故現場の約100メートル手前で子供がしゃがみこんでいるのに気付き、警笛を鳴らし、急ブレーキを踏んだが間に合わなかったという事の様である。

 また偶然にも私はその何日か前に、熊谷駅から羽入駅まで乗り、事故現場を通っていた。さらには、先頭車両の一番前に張り付くようにして、学校を卒業して間も無いといった感じの若い女性運転手の運転動作や速度計や前方の景色をずっと観察したり、眺めたりしていたのだった。

 そんな事もあってか、何かどこかで他人事ではない様なものを感じ、その幼い男の子の死が何かしら教訓的なものを残し、今後の事故防止の役に立つ事はないかという意識もあって、取り敢えずそこへ出向いてみる事にした。



■ 踏切事故の多発地帯
 
 「行田市駅」とその次の「東行田駅」の間は、距離にして1キロメートル位しかなく、しかもほとんどの区間で割とカーブしている。だから電車のスピードは時速50~60キロメートルといった程度だ。
 その位のスピードではあるのだが、市街地であり、線路脇には家々が張り付いている。従って見通しが悪いのだ。その間には踏切の数が、7ヶ所かそこらもある。数が多過ぎて、電車からでは数え切れなかったのだ。
 つまり100~150メートルに一ヵ所といった割合になる。電車に乗っていて感じたのは、踏切だらけといった印象だ。
 
 実はこの同じ踏切では、昨年の9月にも男子中学生が自転車で渡ろうとして、電車と衝突事故を起こして亡くなっているという。
 自転車の男子も、踏切の手前で降りていれば事故に遭わなかったかも知れないが、もしかして一時停止もおろそかにしたのだろうか。あるいは何本かある車止め用と思われるポールに気を取られていたり、さらには音楽でも聞いていたりしようものなら、電車に気付くのは難しくなってしまうに違いない。
 その時の事故の詳細は分からないが、近くの人はそういう学生が多いので、その生徒もそういった可能性がなくはないといった様なことを話してくれた。

 
 神社の向かいにある食堂に入って新聞を開いたら、事故に関しての記事が載っていた。それによると、他の鉄道と比べて、秩父鉄道には警報機や遮断機がない踏切が多いとあった。そして、事故を防ぎたい会社側としては、踏切を廃止したい考えだというが、一方の住民サイドの中には、遠回りになるのは嫌だといった意見があって、話が先へ進まないらしい。 



■ 事故対策案

 私が今思うには、全路線を通して数の多いとされる警報機、遮断機がない踏切の中にあっても、相当距離が近いものや、かなり離れたもの、あるいは見通しの悪いカーブに何ヶ所もあったりとか、それぞれの踏切で様々に状況が違い、決して平等に総てにそれらの装置を取り付けろとか、総ての歩行者・自転車など用の踏切を廃止にしろとかの二者択一では片付けられるものではない。
 今回の事故があった踏切は例え廃止した所で、誰も異論を唱える人は出て来ないないのではなかろうかと思われる。現場の近くに踏切は多過ぎるし、電車からの見通しも悪く、総ての踏切に運転手が集中する事は難しく、それ故事故対象への発見が遅れる可能性が指摘出来るように思われるからだ。

行田市を流れる忍川に架かる秩父鉄道の鉄橋
 
 
 
 
※ 2013年1月18日 また事故は起きた。やはり行田市駅と東行田駅間の魔の事故多発地帯だった。自転車に乗った小学5年生の男子が、警報機のない踏切で事故にあって亡くなった。(更新 2013.1.23)
 
 
 
 
 
 

2009年10月22日木曜日

悲しい出来事(交通事故)


 道路脇にこういう花束を時々見掛ける事がある。どなたか交通事故で亡くなられたに違いない。悲しい出来事だ。
 何時だったか大通りの交差点で、帰宅途中の女子高生が左折してきたダンプカーに自転車ごと巻き込まれて亡くなられた事があって、新聞で知った。その後にそこを車で通りかかった時、交差点の角に花束が立てられていた。「ここの所で…」とご冥福を心の中で思った。
 またある時は、雑貨店向かいの塀の傍に花束が添えられていたので、まさかこんな所でと伺った所、孫を自転車の荷台に乗せたまま買い物をしていて、その自転車が何かの拍子に倒れ、そこに運悪く車が来て轢かれてしまったのだという。誠に痛ましい事故で言葉もなかったが、どうして荷台に乗せたままにしたのか、どうしてスピードを落として通過出来なかったのか、それぞれに自身を責めた辛さにもまたやり切れない思いがした。
 そしてこの事も忘れられずに心に残っているのだが、ある時良く通る道路の道端に花束が立てられていた。それは通る度にかなり長い年月続いていた様な印象だった。その事がいかに悲しい事であろうと、ある時点で区切りを付けて現実に立ち向かって行かなければならないと思うのだが、その辺が難しいのかそれとも立ち直って生活しているのか分からないけど、どうなんだろうとその花束の傍を通り過ぎる度に思った。
 それから大分してから花束は見られなくなった。その事も忘れていた。そんなある日、花束のあった近くに「ひこうき雲」という店がオープンした。すぐに思い浮かんだのはユーミンの歌詞だった。あそこで亡くなったのは幼い子供だったに違いないと思った。
 事故に遭った幼い子供、長く続いた花束、ひこうき雲の店、それらが頭の中でしっかり結び付いて忘れられなくなってしまった。