電柱に繋がる斜めのワイヤーに、赤トンボが3匹等間隔で止まっていた。まるで計った様だった。そこへ1匹が来て止まった。それは他の3匹の間隔より少し広かった。暫くしてそれは飛び立ったが、また戻って来て止まった時には他もばらけた。
その時、もし4匹が全く等間隔に並んだら自分はどう思ったかに付いて考えた。
秋の日、岩殿観音の木立の上に一つの雲がぽっかりと浮かんでいた。細長くてもこっとした一つの雲の塊が。
蛙が鳴いた。正午のチャイムが鳴った。遠くでカラスが、近くで虫の音。
鳥居の傍では金木犀の香りが漂い、草むらにはたくさんの赤とんぼが行き交っていた。
参道沿いの家々の奥は両方とも同じような高さの崖になっていて、真っ直ぐに伸びた道と沿道の家並みがすっぽりとその中に入り込んでいる様な印象を受けた。
山門の階段の近くに、おそらく講などの参詣者達の宿だったと思われる昔ながらの建物があって、正面入り口の上に木札が横一列に並べて掛けられていた。それには、九段、青山、神田、牛込、下谷、上野、本所といった東京の地名が書かれていた。
古い山門には、紙の札があちこちに貼られていた。石段を上り掛けた時に、猫が前方を横切るようにゆったりと歩いているのが目に入った。猫は門の真下あたりで、近づいて来た蝶を前足で挟むようにして採ろうとしたが、逃げられるとまた元の様に歩き出して去って行った。
この描写は10年程以前のものだが、今では若干参道沿いの家々の感じが変わったように思えた。でも石段を上りきった観音堂の境内に立つと、時間は止まっていたかのように古建築の重厚な本堂と傍らの大イチョウが、でんと構えていた。